「中小企業診断士と行政書士」という具合に、異なる複数の資格を持つことを、ダブルライセンスといいます。
中小企業診断協会が所属の診断士に行ったアンケート調査を見ると、実に70%を超える人が中小企業診断士以外の資格を保有しており、行政書士の資格も7%を超える人が取得していました。
中小企業診断士と行政書士では、業務の守備範囲が異なりますから、うまく立ち回ることができれば相乗効果が生まれて、顧客企業にも喜ばれます。
しかし、注意すべき点もあります。
今回は、この2つの資格を組み合わせることで生まれる、メリットとデメリットについてまとめていきます。
1. 中小企業診断士とは?
1) 仕事内容
2) 試験の難易度
2. 行政書士とは?
1) 仕事内容
2) 試験の難易度
3. ダブルライセンスはあり?なし?
1) メリット
2) デメリット
4. 終わりに
5. まとめ
1. 中小企業診断士とは?
中小企業診断士とは、国内唯一の経営コンサルタント系国家資格です。
中小企業が抱える課題を経営診断によって洗い出し、その改善策を提案して企業の戦略的成長を支援していくことが業務です。
経営コンサルタントは特に資格を持っていなくても誰でも名乗ることはできますが、中小企業診断士は難しい国家試験に合格しないと名乗れません。
そのため「中小企業診断士」という肩書は、企業が経営コンサルタントを選ぶ際の「能力証明」のような役割も果たしています。
1) 仕事内容
中小企業診断士の主な仕事は、以下のとおりです。
① 中小企業に対する経営診断と助言
企業の経営資料や経営層に対するヒアリングをもとに経営診断を行い、問題点を洗い出し、その改善策を提案したり実行を支援したりします。
企業経営に関する広範な知識はもちろん、洞察力や判断力、コミュニケーション力が求められます。
業務内容が広範多岐にわたるため、場合によっては外部の専門家と企業を結び付ける「パイプ役」としての役割を担う場合もあります。
② 企業からの相談対応
企業経営層や起業を考えている人からの相談に対応する業務です。
公的機関の窓口などで相談員として従事するケースが多く、「公的業務」といわれています。
③ 補助金の申請支援
国が実施している各種補助金への申請を支援します。
補助金の支給には審査があり、審査に通過するためには説得力のある事業計画書を作成しなければなりません。
中小企業診断士は、それら一連の申請手続きを支援します。
④ 講師
企業研修やセミナーなどで、講師を務めます。
内容は「経営戦略」や「販路開拓」、「事業承継」など経営実務に関連するものから、「論理的思考」といった中小企業診断士が持つビジネススキルに関するものまでさまざまです。
⑤ 執筆
雑誌やWebサイトなどに記事を書きます。
セミナー講師や執筆などで知名度が上がれば、書籍の出版につながるケースもあります。
(仕事内容については「中小企業診断士とはどんな仕事?試験は難しい?」も合わせてご確認ください。)
2) 試験の難易度
中小企業診断士は1次試験と2次試験に合格した後、「実務従事要件」を満たして登録簿に登録されたら業務可能となります。
以下の表は中小企業診断士試験の合格率推移です。
年度 | 1次試験 合格率 |
2次試験 合格率 |
令和元年度 | 30.2% | 18.3% |
令和2年度 | 42.5% | 18.4% |
令和3年度 | 36.4% | 18.3% |
令和4年度 | 28.9% | 18.7% |
令和5年度 | 29.6% | 18.9% |
診断士試験は難易度が高いことで有名です。
ここ数年は1次試験の合格率が上昇して28%~42%台で推移していますが、2次試験は20%を切る水準が続いており、全体の合格率は5%~8%台となっています。
つまり、100人受けて90人以上が落ちる難関試験ということです。
合格には一般的に1,000時間以上の勉強時間が必要と言われ、会社員が仕事をしながらそれだけの時間を確保することが、最初の大きなハードルとなります。
(勉強時間については、「中小企業診断士の勉強時間は1,000時間?半年合格は無理?」も合わせてご確認ください。)
2. 行政書士とは?
行政書士は行政書士法という法律に定められている国家資格で、行政手続きの専門家です。
官公署に提出する書類や権利義務に関する書類、あるいは事実証明に関する書類の作成や代理申請を行うことができます。
1) 仕事内容
行政書士の仕事は「書類作成」「代理申請」「相談」に分かれます。
① 書類作成業務
官公署に提出する、許認可関係の申請書作成が主になります。
件数が多いのは建設業関連の許認可申請ですが、他にも飲食店や古物商などの営業許可申請や、外国人の在留資格関連の申請、最近では離婚協議書の作成も増えてきています。
また、許認可関連の書類以外にも、各種契約書や内容証明書といった「権利義務に関する書類」や、各種議事録や会計帳簿、財務諸表などの「事実証明に関する書類」なども行政書士が作成可能です。
② 代理申請業務
上記の書類を当事者に代わって申請する業務です。
「代理」は依頼者から委任を受けた法的行為ですから、一定の範囲内で意思決定も行えます。
③ 相談業務
様々な書類作成に関連した相談を、業務として受けることができます。
単なる相談から一歩進んで、助言やコンサルティングといった領域で活動する場合もあります。
2) 試験の難易度
行政書士試験は例年11月に実施されており、マークシート式と記述式の問題が合計60問出題されます。
1次試験のみで合否が決まり、行政書士会に登録されてから業務可能となります。
2次試験や実務従事要件がある中小企業診断士試験と比べると、難易度は低いといえるでしょう。
行政書士試験の合格率の推移は以下の通りです。
年度 | 合格率 |
令和元年度 | 11.5% |
令和2年度 | 10.7% |
令和3年度 | 11.2% |
令和4年度 | 12.1% |
令和5年度 | 14.0% |
例年10%ちょっとの合格率で推移していますので、100人受けると90人近くが落ちる試験となっています。
難関資格と比べると難易度は低く見られがちですが、簡単に合格できる資格ではありません。
一般的には、合格まで700時間以上の勉強時間が必要と言われています。
3. ダブルライセンスはあり?なし?
中小企業診断士と行政書士のダブルライセンスについて、メリット・デメリットをご紹介します。
1) メリット
① ワンストップでサービス提供できる
メリットの1つ目は「ワンストップでサービス提供できる」ということです。
中小企業診断士が業務を進める過程においては、官公署への許認可申請や、取引先との契約書など、行政書士が守備範囲とする書類の作成業務や代理申請業務が発生することがあります。
中小企業診断士と行政書士のダブルライセンスがあれば、これらの業務を一手に引き受けることができます。
依頼する側にとっても2度手間を省けるので、双方にメリットがあります。
② 業務の幅が広がる
メリットの2つ目は「業務の幅が広がる」です。
行政書士には「官公署に提出する書類の作成」「権利義務に関する書類の作成」「事実証明に関する書類の作成」という独占業務があり、これらの業務を中小企業診断士が行うのは法的に許されていません。
しかしダブルライセンスとなれば、その独占業務を行うことが可能になります。
企業が依頼する許認可申請などの書類作成はもちろん、一般の人たちから依頼される遺言や離婚関連の書類作成を受けることもできます。
③ 新たな顧客層に出会える
メリットの3つ目は「新たな顧客層に出会える」です。
世の中には、中小企業診断士との付き合いは全くなくても、許認可申請で行政書士とつきあいがある企業はたくさんあります。
行政書士の資格を持っていれば、そういった企業との接点が生まれますから、中小企業診断士として新たな顧客層に出会えるメリットがあります。
④事業の初期段階から携われる
メリットの4つ目は「事業の初期段階から携われる」です。
行政書士は会社の設立時、つまり事業の初期段階から企業と接点を持てる資格です。
官公署へ許認可申請を行ったり、定款や就業規則、賃金規定などの重要な書類の作成を業務として請け負ったりできます。
この段階から中小企業診断士として経営に関わって企業の成長を支援できれば、企業と強い信頼関係を築くことも可能で大きな実績となるでしょう。
中小企業診断士講座の元運営責任者が、以下の7つの通信講座のコストパフォーマンスを比較して、おすすめ2つのメリット・デメリットについて解説してみました。
・TAC
・スタディング
・診断士ゼミナール
・クレアール
・LEC
・アガルート
・フォーサイト
詳細は「中小企業診断士の通信講座おすすめ2選!元講座運営者が比較します」をご確認ください。
2) デメリット
① 難易度が高い
ダブルライセンスのデメリットの1つ目は「難易度が高い」です。
既述の通り、中小企業診断士は1次試験と2次試験があり、ここ数年の最終合格率は7%前後の超難関資格です。
しかも、2次試験の後「トータル15日間の実務従事」という要件をクリアしなければ、中小企業診断士として登録してもらえません。
中には2次試験合格後、3年かけてようやく登録できたという人もいるくらいで、とにかく取得までのハードルが高い資格です。
行政書士も合格率は10%前後、合格に必要な勉強時間は600時間以上と言われており、こちらも簡単に取得できる資格ではありません。
どちらの資格も勉強の途中で挫折してしまう人が多くいるため、ダブルライセンスはそもそもかなり高いハードルといえます。
② 費用対効果が必ずしも高くない
ダブルライセンスのデメリットの2つ目は「費用対効果が必ずしも高くない」です。
中小企業診断士で1,000時間以上、行政書士で600時間以上と、この2つの資格取得に必要とされる勉強時間は膨大です。
費用もそれぞれ最低でも30万円は見ておかないと、登録までたどり着くことができません。
そして、これらの時間と費用をかけて資格を取得したとしても、ダブルライセンスのメリットを享受できるようになるには相応の時間が必要です。
そもそも、どちらの資格も膨大な知識と実務経験がものを言う資格です。
知識は身につけたとしても、実務経験は一朝一夕でどうにかなるものではありません。
実務経験が中途半端では顧客の期待に応えられるスキルは身につかず、スキルがなければ仕事の受注も先細るでしょう。
「二兎を追う者は一兎をも得ず」という状況にならないためには、「2つの資格取得に投じるお金や時間をまずはどちらか片方に集中させる」という選択肢も検討すべきです。
③ 資格の維持コストがバカにならない
ダブルライセンスのデメリットの3つ目は「資格の維持コストがバカにならない」です。
中小企業診断士も行政書士も、資格を取得したらそれで終わりではなく、維持するためのコストが発生します。
中小企業診断士の場合は「5年ごとの更新登録」をする際に「専門知識の補充要件」と「実務従事要件」の2つを満たさなければなりません。
「専門知識の補充要件」を満たすためには、1回6,300円の講習をトータル5回受講する必要があります。
「実務従事要件」を満たすためには、5年間で30ポイント以上の実務従事ポイントを貯めなければなりません。
本業でコンサルをしている人以外は実務従事の機会がありませんから、ポイントを貯めるためにお金を払って実務従事の機会を提供してもらうことになります。
具体的には中小企業診断協会に入会するか、民間の「実務従事提供サービス」を利用するかの2択になり、費用はどちらも年間30,000円~60,000円程度かかります。
行政書士の場合はさらに高額です。
入会必須の行政書士会の会費が平均で年70,000円程度、支部会の会費も年間で5,000円~10,000円程度かかります。
つまり、ダブルライセンスを維持するだけで毎年10万円以上、会費が高い地域だと13万円とか14万円以上の費用を払い続けなくてはなりません。
④ 企業内診断士にはハードルが高い
ダブルライセンスのデメリットの4つ目は、「企業内診断士にはハードルが高い」です。
あまり知られてないことですが、行政書士は基本的に開業するのが前提の資格です。
登録時に審査があり、この段階で「独立開業する」か「既存の行政書士事務所に勤めるか」のどちらかしか選択できません。
独立診断士の場合は問題ありませんが、企業内診断士の場合は個人事業として、行政書士事務所を構える必要があります。
会社の規定で副業が禁止となっている場合は、これが大きな壁となります。
また、行政書士の業務は官公署相手の場合が多く、平日の昼に動けない会社員の立場では、行政書士としての実務を十分にこなせない可能性が大です。
「企業内診断士」が多数を占める中小企業診断士とは、このあたりが根本的に違いますから、企業内診断士が行政書士の資格取得を目指す場合は、自分の立場に当てはめてよく検討する必要があります。
(企業内診断士については「企業内診断士のメリット・デメリット」も合わせてご確認ください。)
4. 終わりに
いかがでしたでしょうか?
ダブルライセンスと聞くと、何か良さそうなイメージしか沸いてきませんが、よくよく調べてみると意外な落とし穴があったりします。
行政書士は一旦登録するとペーパードライバーのような立ち回りが許されない、「業務を行うことが必須」の資格とされています。
資格の維持費用もバカにならないため、特に企業内診断士の場合は注意が必要です。
ちなみに、行政書士試験に合格した後の登録は、中小企業診断士と違って期限がありません。そのため合格しても登録を行わない人が大勢いますが、使わない知識はどんどん忘れていってしまいます。
やはり、最初の段階で「自分にとってどのような使い方ができる資格なのか」を、しっかり想定しておくべきでしょう。
5. まとめ
◆ダブルライセンスメリット
・コンサルティングと重要書類の作成業務をセットで受注できる。
・行政書士の独占業務も受注できるので業務の幅が広がる。
・行政書士の顧客層と出会うチャンスがある。
・事業の初期段階から通しで関わることが可能になる。
◆ダブルライセンスデメリット
・2つとも難関資格なので挫折する可能性がある。
・1つの資格に集中した方が良いこともある。
・2つの資格を維持するコストがバカにならない。
・企業内診断士の場合は行政書士との両立が難しい。