sansanの決算書分析:SaaSの40%ルールとは?

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名刺のクラウド管理という新しい領域で成長を続ける、sansan。

昨今話題のSaaSのサービスを提供する企業であり、通常の財務指標だけでなくSaaSに独特の「40%ルール」で評価することもできます。

本記事ではこのあたりを中心に、sansanの決算書を分析していきます。

【筆者の情報】
・公認会計士のマツタロウ
・ビジネス会計検定講座講師
・大手監査法人→経理部に出向
 →教育×ITベンチャー→自営業

 

 

1. sansanとは?

1) 基本情報

① 会社情報

会社名 Sansan株式会社
設立日 2007年6月
従業員数 954名(2021年5月)
事業 ① sansan
② Eight
③ Bill One
*詳細は後述
上場日 2019年(マザーズ)
2021年(東証一部)
決算情報 IR情報

 

② 沿革

2007 sansan提供開始
2012 Eight提供開始
2016 約20億円調達(第三者割当増資)
2017 約42億円調達(第三者割当増資)
2019 約21億円調達(マザーズ上場)
約47億円調達(第三者割当増資)
2020 Bill One提供開始
2021 東証一部上場

 

2) 事業内容

① sansan

sansan:ロゴ(sansan事業)

社内の名刺をデータ化して一元管理し、様々なビジネスシーンで利用することを目的とした、法人向けのクラウド名刺管理サービス。

 

② Eight

sansan:ロゴ(Eight事業)

データ化した名刺を活用してビジネスネットワークを構築するなど、ビジネスSNSとしての利用を想定した、個人向け名刺アプリ。

 

③ Bill One

sansan:ロゴ(Bill One事業)

受領した領収書をデータ化してオンラインで受け取れる、クラウド請求書受領サービス。

2020年5月にサービス開始。

 

2. 成長性&収益性

1) 会社全体

まずは、会社全体の成長性や収益性について、確認してみましょう。

 

① 売上高&営業利益

sansan:売上高

売上高は毎年前年比で20%以上の成長を記録しており、順調に拡大しています。

sansan:営業利益

一方で、営業利益は何とか黒字化に成功しているものの、営業利益率もまだまだ高い水準とはいえません。

sansanのようなSaaS企業は、市場のシェアを獲得するために成長性を最優先に考える場合が多く、結果として短期的な収益性が犠牲になりやすいです。

そこでSaaS企業の評価方法として、成長性と収益性の両面を加味した「40%ルール」が存在します。

 

② SaaSの40%ルール

SaaSの40%ルールとは、「成長率+利益率≧40%」を目安として、企業の良し悪しを判断する手法です。

売上高成長率と営業利益率を例に考えてみると、売上高成長率が「100%」であれば営業利益率が「△60%」でも問題はなく、売上高成長率が「40%」であれば営業利益率が「0%」でも問題はなく、売上高成長率が「0%」であれば営業利益率が「40%」必要と解釈するのが40%ルールとなります。

ここで、成長率・利益率の指標としては、以下のような指標が考えられます。

成長率
・売上高成長率
・ARR(年間経常収益)成長率
利益率
・営業利益率
・キャッシュフローマージン

本記事では、「売上高成長率」と「営業利益率」を使用していきます。(一般的にSaaS企業の成長率を見る場合はARRを使用しますが、セグメント別のARRの情報がないため売上高を使用しております。)

それでは、会社全体の成長率と利益率をみていきましょう。

sansan:成長率+利益率

前述の通り売上高の成長率は高いですが営業利益率は高くなく、成長率と利益率を足すと40%に届かないのが現状となります。

つまり会社全体でみると、SaaS企業として必ずしも高い評価ではありません。(後述の通り主力事業のsansan事業だけをみれば、実は40%を大きく超える水準となり評価が高いと言えます。)

 

③ 他社比較

ここでは「成長率+収益率」の値について、sansanと同じくSaaSのビジネスを展開する他社と比較してみましょう。

sansan:成長率+利益率(他社比較)

*cybozu:2021⇒2020/12、2020⇒2019/12、2019⇒2018/12

40%こそ超えていませんが、他社と比較してsansanの数値が決して悪いわけではありません。

頭一つとびぬけているラクスは、成長率はsansanと同程度なのですが利益率が非常に高く、高成長高利益率を実現しているSaaS企業と言えます。

ただ実は、sansanも会社全体ではなくsansan事業だけを見た場合、ラクスを超える数値を記録しています。

そこで次項では、40%ルールを含む事業別の財務数値について、順に見ていきましょう。

 

2) sansan事業

売上・利益のさらなる拡大を目指すフェーズ

 

① 売上高&営業利益

まずはsansan事業の売上高と営業利益について、見ていきましょう。

sansan:売上高(sansan事業)

売上高は成長率が少しずつ鈍化しているものの、右肩上がりに増加しております。

sansan:営業利益(sansan事業)

営業利益も右肩上がりに増加しており、特に直近の営業利益率は40%を超える非常に高い水準となっております。

 

② 成長率+利益率(40%ルール)

次に、sansan事業の成長率+利益率の数値を見てみましょう。

sansan:成長率+利益率(sansan事業)

上記の通り、60%を超える非常に高い水準となっています。

sansanの主力事業であるsansan事業は、実はSaaSとしては非常に評価の高いビジネスと言えるのです。

それではなぜ、高い成長率と利益率を維持できているのでしょうか?

理由の1つとして考えられるのは、名刺のクラウド化という新しい市場を開拓した結果、競合が少なく市場を独占できている点です。

sansan利用企業は7,000社にのぼり、市場シェアは84%と圧倒的です。

sansan:利用実績(sansan事業)

(sansan公式HPより抜粋)

sansanを含むSaaS企業の多くは、月額課金の形式で料金を徴収しております。

つまり、解約数を上回る契約数を維持すれば固定収入が積み重なり、売上が右肩上がりに増加していきます。

この点sansanは競合が少なく、競合に乗り換えるという選択肢がユーザーにないため、解約率も非常に低い水準となっております。

sansan:平均解約率

(2021年5月期通期決算説明資料より抜粋)

もちろん名刺のクラウド化という新規市場を開拓するのは簡単なことではないため、営業人員の採用に毎年お金を費やしています。

その証拠に、sansan事業の従業員数が毎年右肩上がりに増加しております。

sansan:従業員数(sansan事業)

また、前受け(先に年間の利用料を受け取る)ビジネスなので、さらなる売上拡大に向けて手元の資金を先行投資しやすい点も、成長を加速させている要因の1つと言えます。

 

3) Eight事業

収益化(黒字化)のフェーズ

 

① 売上高&営業利益

次はEight事業の売上高と営業利益について、見ていきましょう。

sansan:売上高(Eight事業)

売上高はsansan事業以上の成長を見せており、急成長している事業です。

sansan:営業利益(Eight事業)

一方で、営業利益は毎年赤字の状態であり、典型的な成長段階のSaaS事業と言えます。

会社全体の営業利益率を押し下げている大きな要因は、Eight事業の赤字にあります。

 

② 成長率+利益率(40%ルール)

Eight事業の成長率+利益率の数値は、以下の通りとなります。

sansan:成長率+利益率(Eight事業)

目安の40%には程遠く、SaaS企業として今のところは評価の低い事業と言えます。

営業人員を毎年増加して売上を拡大しており、また赤字も年々縮小しておりますが、今のペースではまだ黒字化まで時間がかかる状況です。

sansan:従業員数(Eight事業)

 

4) Bill One事業

サービス普及のフェーズ

sansan事業やEight事業は名刺という分野を扱う、相互に関連する事業でした。

一方で、Bill Oneは請求書に関する事業であり、一見すると全く異なる分野への挑戦です。

しかし実際は、名刺などの紙媒体をデータ化するsansanの技術を転用し、受領した請求書をデータ化するサービスであるため、今持っている強みを活かしたサービスと言えます。

2020年5月に開始したサービスでありまだ売上規模は小さいと予想されますが、広告宣伝に力を入れるなど今後の収益の柱として期待されている様子がうかがえます。

「発行」する請求書のデータ化に比べ、「受領」した紙の請求書をデータ化するサービスはまだまだ普及の余地があるため、今後の成長に注目です。

 

3. 安全性

ここではsansanの短期・長期の安全性について、主要な指標の数値を見てみましょう。

 

1) 短期の安全性

sansan:流動比率

流動比率(=流動資産÷流動負債×100%)は目安である200%を下回り、短期の安全性に懸念のある状態であると言えます。

sansan:手元流動性比率

一方で、より短期の安全性を測る手元流動性比率(=(現金預金+短期有価証券)÷(売上高÷12))は目安の1ヵ月を大きく上回っており、短期的に資金繰りに困るような状況ではないことがわかります。

 

2) 長期の安全性

sansan:自己資本比率

長期の安全性の指標である自己資本比率(=純資産÷負債純資産合計×100%)は、上場による株主資本増強などにより毎年改善されており、直近では目安である50%を上回っております。

一方で、まだ50%をギリギリ上回る水準であるため、長期の安全性の観点からも今後の動きに注意する必要があります。

 

4. キャッシュフロー

最後にキャッシュフローについて、3つの区分(営業・投資・財務)の動きをそれぞれ見ていきましょう。

sansan:キャッシュフロー

 

1) 営業活動によるCF

営業活動によるキャッシュフローは2019年5月期より黒字化しており、2021年5月期には約3倍に成長しております。

先に年間使用料等を前受けするビジネスであるため、資金の回収効率は非常に高いビジネス形態と言えます。

また、会計上の売上が計上される前に先に営業キャッシュを受け取るため、事業が急成長している局面においては、営業利益よりも営業キャッシュフローの方が高い値となりやすいです。

その証拠に、営業利益率よりもキャッシュフロー・マージン(=営業キャッシュフロー÷売上高×100%)の方が常に高い値となっています。

sansan:キャッシュフローマージンと営業利益率

 

2) 投資活動によるCF

投資活動によるキャッシュフローは、業務提携による投資有価証券の購入などが主な取引内容となっております。 2020年5月期に70億円を超えるキャッシュアウトが計上されておりますが、このうち59億円が投資有価証券の取得による支出となります。

sansan:キャッシュフロー計算書(投資活動)

これはsansan上で利用できるアプリケーションの拡大を目的に、ウイングアーク1st株式会社と業務提携をするため、同社の株式を取得したものです。(2021年7月に同社株式の一部を売却していますが、引き続き業務提携関係は維持しております。)

 

3) 財務活動によるCF

財務活動によるキャッシュフローについては、2020年5月期に110億円を超える大きなキャッシュインが発生しています。

これはマザーズ上場に伴う新株発行等による増加と、前述のウイングアーク1st株式会社の株式取得費用のための借入などによるものです。

その後東証一部に市場変更を行っており、今後は財務の健全化を目指して借入金の返済や自己資本の増強に努める可能性があります。

一方で、Bill Oneなどの新規事業への投資のために借入金等を増やす可能性もあり、財務面の動きにも注目です。

 

5. 終わりに

sansanの決算書について解説してきましたが、いかがでしたでしょうか?

sansan事業は売上・利益共にさらに拡大できるか?Eight事業は黒字化できるか?Bill One事業はサービスとして普及するか?今後の各事業の動きに注目していきましょう。

(本記事で扱っている決算書分析の指標や知識は、ビジネス会計検定で学ぶことができますので、ぜひ挑戦してみてください。)

 

6. まとめ

Point! ◆会社全体:売上は拡大するも利益率はまだ小さい。
◆sansan事業:成長率+利益率が60%を超える非常に高い水準。
◆Eight事業:成長率は高いが利益率が大幅なマイナス。

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