自営業をやっていくなかで、必ず一度は考えることと言えば、
「このまま個人事業主としてやっていくのか?」
「それとも法人化するのか?」
といった点ではないでしょうか?
何となくどこかで法人化した方がいいのはわかっていても、どのタイミングで法人化すればいいのかわからない人も多いかと思います。
結論としては、所得が500万円超えるタイミング、または、売上が1,000万円を超えるタイミングが、1つの目安となります。
そこで今回は、自営業が法人化を検討する際の目安について、お伝えしていきます。
また、後半では、法人化のメリットとデメリットについてもお伝えしていきますので、ぜひご一読ください。
1. 自営業の法人化を検討する目安
1) 所得が増えるほど法人化有利
2) 所得が500万円を超える
3) 課税売上が1,000万円を超える
2. 自営業を法人化するメリット・デメリット
1) 法人化するメリット
2) 法人化するデメリット
3. 終わりに
4. まとめ
1. 自営業の法人化を検討する目安
1) 所得が増えるほど法人化有利
個人事業主・法人どちらの場合でも、収入(売上)から支出(費用)を引いて計算される所得(利益)に、税率をかけることで税金は計算されます。
ただ、個人事業主と法人とでは、設定されている税率が異なります。
そしてこの税率の違いこそが、法人化を検討する目安に影響します。
このことを説明するために、まずは各形態での主な税率について見ていきましょう。
① 個人事業主の場合
個人事業主において、法人と異なる主な税金としては、以下が考えられます。
・住民税
・個人事業税
所得税については、所得金額に以下の税率をかけて、控除額を引いて計算されます。
課税される 所得金額 | 税率 | 控除額 |
195万以下 | 5% | 0円 |
195万円超 330万円以下 | 10% | 97,500円 |
330万円超 695万円以下 | 20% | 42万7,500円 |
695万円超 900万円以下 | 23% | 63万6,000円 |
900万円超 1,800万円以下 | 33% | 153万6,000円 |
1,800万円超 4,000万円以下 | 40% | 279万6,000円 |
4,000万円超 | 45% | 479万6,000円 |
また、住民税については、所得金額に対して10%の税率をかけて計算されます。(厳密には、税額控除や均等割などを考慮して計算されますが、ここでは割愛します。)
つまり、個人事業主は所得金額に応じて税金額が増えていき、 所得税と住民税を合わせて、最高で55%程度負担することとなります。
先ほどの表に、住民税10%を加えた以下の表で、おおよその所得税と住民税の金額を計算することができます。(実際には、所得税と住民税をまとめた以下のような表はありませんが、本記事では便宜上こちらの表を使用します。)
課税される 所得金額 | 税率 | 控除額 |
195万以下 | 15% | 0円 |
195万円超 330万円以下 | 20% | 97,500円 |
330万円超 695万円以下 | 30% | 42万7,500円 |
695万円超 900万円以下 | 33% | 63万6,000円 |
900万円超 1,800万円以下 | 43% | 153万6,000円 |
1,800万円超 4,000万円以下 | 50% | 279万6,000円 |
4,000万円超 | 55% | 479万6,000円 |
これとは別に、個人事業主には以下の式で計算された、個人事業税が課されます。
*業種によっては5%でない場合もあります。
② 法人の場合
一方で、法人において、個人事業主と異なる税金としては、以下が考えられます。
・法人事業税
・法人住民税
・地方法人税
・特別法人事業税
これらの法人にかかる税金額を計算すると、その年に稼いでいる利益額に応じて、おおよそ以下の通りとなります。
(実際には資本金額等により、より細かく計算されるのですが、自営業が法人化を検討する段階では、基本的に小規模であることが想定されるため、その前提のもとに該当する税率を選択しております。)
利益 400万円以下 |
利益 400万円超 |
利益 800万円超 | |
法人税 (a) | 15% | 15% | 23.2% |
法人事業税 (b) | 3.5% | 5.3% | 7% |
法人住民税 (c=a×7%) | 1.1% | 1.1% | 1.6% |
地方法人税 (d=b×10.3%) | 1.5% | 1.5% | 2.4% |
特別法人事業税 (e=b×37%) | 1.3% | 2.0% | 2.6% |
表面税率 (f=a+b+c+d+e) | 22.4% | 24.9% | 36.8% |
実効税率 (f/(1+b+e)) | 21.4% | 23.2% | 33.6% |
「実効税率」を見ていただければわかるのですが、最大でも33.6%程度の税金額となります。
③ 所得が増えるほど法人有利に
以上をまとめると、所得に応じて個人事業主の場合は「最大で55%の所得税・住民税に加えて個人事業税」が、法人の場合は「最大で33.6%程度の税金」が課されることとなります。
つまり、所得金額が増えて税率が上がっていくほど、最大税率の低い法人の方が、個人事業主よりも有利になると言えます。
以上の内容を踏まえて、法人化の目安となる2つの指標(「所得500万円」「課税売上1,000万円」)について、順に解説していきます。
2) 所得(利益)が500万円を超える
前述の個人事業主の税率と法人の税率をもとに、所得(利益)の金額別の有利・不利を見ていきましょう。
・個人事業主
400万円×30%-42万7,500円
+(400万円-290万円)×5%
=82万7,500円
・法人
400万円×21.4%
=85万6,000円
・個人事業主
500万円×30%-42万7,500円
+(500万円-290万円)×5%
=117万7,500円
・法人
500万円×23.2%
=116万円
所得が400万円の場合は、個人事業主の方が支払う税金額は少ないですが(個人:82万7,500円<法人:85万6,000円)、所得が500万円の場合は、法人の方が支払う税金額が少なくなります(個人:117万7,500円>法人:116万円)。
以上より、所得(利益)の金額が、500万円を超えると、法人化の方が有利となる可能性があり、「所得500万円」は、法人化の1つの目安と言えます。
3) 前々年度の課税売上が1,000万円を超える
個人事業主・法人共に、基本的には以下のいずれかの条件を満たした場合に、消費税を支払う義務が発生します。
② 特定期間(前年の1月1日~6月30日)の課税売上高が1,000万円を超えている場合。
ただし、法人化した初年度は、基準期間(①の条件)・特定期間(②の条件)が存在しないため、消費税が発生せず(資本金の額が1,000万円以上の場合は発生します。)、また、個人事業を一度廃業して新たに法人を設立することとなるため、個人事業主としての納税義務がリセットされます。
さらに、翌年も基準期間が存在しないため、消費税が発生しません。(②の条件に該当した場合は発生します。)
つまり、個人事業主として課税売上高が1,000万円を超えると、本来であれば翌々年に消費税の支払いが発生しますが、法人化することで最長で2年ほど消費税の支払いが免除されるのです。
以上より、「前々年度の課税売上高1,000万円超」は、法人化の1つの目安と言えます。
2. 自営業を法人化するメリット・デメリット
1) 法人化するメリット
① 節税できる
自営業を法人化する1つ目のメリットとしては、「節税できる」ことが挙げられます。
法人化することで節税できる税金について、以下で順に解説していきます。
個人事業主との税率の差
1つ目の法人化による節税としては、「個人事業主との税率の差」が考えられます。
前述の通り、個人事業主と法人とでは、所得や利益に対して課せられる税率に差があり、500万円が1つの目安となります。
そしてこの税率の差は、稼ぐ金額が大きくなればなるほど、広がっていきます。
例えば、所得(利益)の金額が3,000万円の場合、個人事業主と法人とでは、以下のように約350万円程度、支払う税金額に差があります。
3,000万円×50%-279万6,000円
+(3,000万円-290万円)×5%
=1,355万9,000円
3,000万円×33.6%
=1,008万円
役員報酬を経費にできる
2つ目の法人化による節税としては、「役員報酬を経費にできる」ことが考えられます。
個人事業主の場合は稼いだお金のうち、自分に対する報酬は経費とならないため、その部分についても所得税を支払う必要があります。
一方で法人の場合は、自分に対する報酬も役員報酬として、経費とすることができます。
注意が必要なのは、法人として支払う税金額はその分減りますが、個人としては受け取った報酬額について所得税が課されるということです。
、、であれば法人化する意味がないのでは?と思われるかもしれませんが、この場合に個人として受け取った金額は給与として扱われ、報酬額から一定の金額を控除することができます。(給与所得控除と言います。)
以下の例で考えてみると、法人化した方が約20万円程度、節税となることがわかります。
・売上:1,000万円
・費用(役員報酬除く):600万円
・役員報酬:400万円
(1,000万円-600万円)×20%-42万7,500円
=37万2,500円(所得税)
・法人部分
(1,000万円-600万円-400万円)×21.4%
=0円(法人税)
・個人部分
(400万円-(400万円×20%+44万円))×10%-97,500円
=17万8,500円(所得税)
(参考:給与所得控除の計算)
給与等の 収入金額 | 給与所得控除額 |
180万円以下 |
収入金額×40%-10万円 55万円に満たない場合には55万円 |
180万円超 360万円以下 | 収入金額×30%+8万円 |
360万円超 660万円以下 | 収入金額×20%+44万円 |
660万円超 850万円以下 | 収入金額×10%+110万円 |
850万円超 | 195万円(上限) |
欠損金の繰越
3つ目の法人化による節税としては、「欠損金の繰越」が考えられます。
1年間の事業の結果が赤字となった場合、赤字部分の金額(欠損金)を翌年度以降に繰り越して、翌年度以降で黒字となった年の所得(利益)と相殺することができます。
(厳密には赤字と欠損とは同義ではありませんが、詳細は本記事では割愛します。)
ただし、個人事業主と法人では、欠損金を繰り越せる年数が、以下のように異なります。
・法人:9年
法人の方がより長い期間、欠損金を繰り越すことができるため、節税の機会が多いと言えます。
以上より、「節税できる」ことは、自営業を法人化するメリットと言えます。
② 社会的信用力が増す
自営業を法人化する2つ目のメリットとしては、「社会的信用力が増す」ことが挙げられます。
個人よりも法人の方が信用力が高いというのは、皆様イメージしやすいのではないでしょうか?
ここでは具体的に、法人化することで信用力を得られる相手・場面について、3つ紹介していきます。
取引先(お客様)
1つ目の法人化することで信用力を得られる相手としては、「取引先(お客様)」が考えられます。
商品を購入する際に、「○○さんの△△(商品名)」よりは、「○○株式会社の△△」の方が信用力があり、購入しやすいかと思います。
つまり、自分がモノを売る側になって考えると、法人化することで取引先(お客様)が安心して、商品を購入してくれる状況を作ることができます。
また、そもそも取引の条件が、法人であることとなっている場合もあります。
金融機関
2つ目の法人化することで信用力を得られる相手としては、「金融機関」が考えられます。
個人事業主が銀行から借入を行うのはハードルが高く、保証人を求められるケースが多いです。
一方で法人であれば、個人事業主より信用力が高く、融資による資金調達のハードルが下がります。
採用
3つ目の法人化することで信用力を得られる場面としては、「採用」が考えられます。
事業の規模にもよりますが、法人化を検討するレベルであれば、社員やアルバイトなどの雇用を検討している人も少なくないかと思います。
そして、採用面においても、「○○さんの求人」よりは、「○○株式会社の求人」の方が信用力が高く、応募してくる人の数が増えるはずです。
以上より、「社会的信用力が増す」ことは、自営業を法人化するメリットと言えます。
何の商品を扱うにせよ、決済手段は当然に用意しなければなりません。
個人情報保護の観点や技術的問題から、外部の決済手段を利用する事業者がほとんどかと思います。
この際に、法人であれば、用意できる決済手段の幅が広がります。
例えば、Amazonアカウントを決済手段として利用できるようにするためには、法人であることが条件となっています。(これに対して、楽天などは個人でも利用が可能となっています。)
特に個人のお客様を相手にするビジネスの場合は、一般的に広く使われている決済手段を利用することが、ビジネス成功へのカギとなります。
③ 有限責任になる
自営業を法人化する3つ目のメリットとしては、「有限責任になる」ことが挙げられます。
個人事業主の場合は、事業で発生した負債は、自分自身で返済する責任を負うこととなります。
これに対して法人化した場合は、代表者が法人の負債を返済する責任を直接負うことはなく、あくまで出資した範囲内の責任(有限責任)となります。
現実的には、法人として銀行などから借入を行う場合、代表者の個人保証が必要となるのが通例となります。
であれば、有限責任はメリットではないのでは?と思われるかもしれません。
しかし、例えば以下のようなケースにおいては、法人化して有限責任としておく方が、メリットがあると言えます。
・法人の業績が良好、法人財産と個人財産を明確に区別できる、財務状況を正しく把握できるなど、一定の条件を満たした場合は個人保証なしで借入を行うことができる。
以上より、「有限責任になる」ことは、自営業を法人化するメリットと言えます。
2) 法人化するデメリット
① 会社設立にお金がかかる
自営業を法人化する1つ目のデメリットとしては、「会社設立にお金がかかる」ことが挙げられます。
「自営業を始めるには?始め方と押さえるべきポイントをご紹介」でお伝えした通り、自営業は開業届を提出するだけで、始めることができます。
しかし、法人を設立するとなると、設立のために以下の費用『約25万円』が必要となります。
・定款の謄本手数料『2,000円』
・登録免許税『150,000円』
・定款に貼る収入印紙『40,000円』*電子定款の場合は不要。
・印鑑証明取得費、登記簿謄本の発行費、実印作成代『10,000円』程度
この他にも、会社設立の作業を専門家に依頼した場合には、その分の費用も必要となります。
以上より、「会社設立にお金がかかる」ことは、自営業を法人化するデメリットと言えます。
② 社会保険への加入が必須となる
自営業を法人化する2つ目のデメリットとしては、「社会保険への加入が必須となる」ことが挙げられます。
個人事業主の場合は、仮に従業員を雇っている場合でも、4人以下であれば社会保険(年金や健康保険)への加入は任意となります。
これに対して法人の場合は、人数に関係なく社会保険への加入が必須となります。
そのため、法人を経営する立場で考えてみれば、単純に社会保険料の分だけ、人件費が増加することとなります。
社会保険料は今後も増額されていく可能性が高く、法人としての人件費負担は、今後よりいっそう重くなることが想定されます。
ただ、社会保険への加入はメリットも大きいです。
例えば、以下のようなメリットが考えられます。
・法人の場合に加入できる厚生年金や健康保険は、個人事業主が加入する国民年金や国民健康保険よりも手厚い保障が受けられる。
以上より、「社会保険への加入が必須となる」ことは、自営業を法人化するデメリットでもあり、メリットでもあると言えます。
③ 赤字でも税金の支払いが発生する
自営業を法人化する3つ目のデメリットとしては、「赤字でも税金の支払いが発生する」ことが挙げられます。
個人事業主の場合は、年間の所得が赤字となった場合、税金を支払う必要がありません。
これに対して法人の場合は、年間の利益が赤字であっても、7万円程度の地方税(法人事業税・法人住民税)の支払いが必要となります。
法人が支払うこととなる税金には、所得に応じて発生する部分と、所得に関係なく支払う部分(「均等割」と言います。)があります。
このうち均等割の部分が、赤字の場合でも支払う必要がある税金となります。
以上より、「赤字でも税金の支払いが発生する」ことは、自営業を法人化するデメリットと言えます。
④ 決算手続きが大変になる
自営業を法人化する4つ目のデメリットとしては、「決算手続きが大変になる」ことが挙げられます。
個人事業主の決算であれば、何とか一人でやり切った経験がある人も、多いかと思います。
しかし法人の決算となると、話が異なります。
法人の決算の場合は、必要となる提出書類も増え、また、一つ一つの書類作成の難易度が上がり、より専門性が求められます。
そのため、通常は公認会計士や税理士などの専門家に依頼するか、ある程度の経験を積んだ経理を雇うか、といった選択肢をとることとなります。
ただこの場合、以下のようなリスクがあります。
・自分と相性のいい専門家や経理が見つからない可能性がある。
・いくら他者に任せると言っても、自分でも最低限の会計知識を学んでおく必要がある。
余談ですが、自営業としてやっていくのであれば、決算作業に関係なく、また、個人事業主か法人かに関係なく、簿記3級程度は最低限学んでおいて損はないです。
自営業におすすめの資格については、「自営業に役立つ資格とは?ビジネス会計検定・簿記・FP」も合わせてご確認ください。
以上より、「決算手続きが大変になる」ことは、自営業を法人化するデメリットと言えます。
3. 終わりに
自営業の人が法人化を検討する際の具体的な目安や、法人化のメリット・デメリットについてお伝えしてきましたが、いかがでしたでしょうか?
「所得500万円」「課税売上1,000万円」といった目安を参考にして、必要に応じて法人化を検討してみてください。
4. まとめ
◆節税、社会的信用、有限責任などのメリットがある。
◆設立費用、社会保険への加入、赤字の場合の税金支払い、決算業務の煩雑さなどのデメリットがある。